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アカデミック・ハラスメントの被害を受け、悩んでいらっしゃる方は、決してひとりで抱え込まないでください。たとえ状況が複雑であっても、周囲に相談し、専門家の力を借りることで問題が改善する可能性があります。

アカデミック・ハラスメントの理解と防止:被害を防ぐためのガイド(目次)

アカデミック・ハラスメントの理解と防止:被害を防ぐためのガイド(目次)

目次

第1章:あなたは被害者ではなく、ターゲットである

アカデミック・ハラスメントの文脈では「被害者」よりも「ターゲット」という表現が使われることがあります。これは、「単に受け身の被害に遭った人」ではなく、「狙い撃ちされている人」という意味合いを強調するためです。

1.1 職場のいじめとは何か?

ここでいう「職場のいじめ」は、会社や大学、研究所などの組織内で繰り返される敵対的・攻撃的な行為を指します。特に、少なくとも6か月以上続くものが多く、被害者(ターゲット)の仕事や研究活動に直接的なダメージを与える点が特徴です。 学術環境では権威や上下関係が強いため、こうしたいじめが起こったときも声を上げにくく、長期化しやすい問題があります。

1.2 アカデミック・ハラスメントとは何か?

アカデミック・ハラスメント(アカハラ)とは、大学や研究所、実習先など学術の現場で起こる、いじめや嫌がらせ行為全般を指します。指導教員や上司がその地位を悪用し、学生や下位研究者の研究成果を盗んだり、精神的に追い詰めたりするなど、学術特有の行為を含むのが特徴です。

アカデミック・ハラスメントの具体例

  • 研究成果の横取り
    学生や若手研究者のアイデアやデータを、自分の業績として発表する
  • 不当な論文オーサーシップ操作
    貢献度に反して著者順を変えたり、投稿者を外すなど
  • 著作権・特許権の強要
    研究による成果や特許を無理やり譲らせる
  • 暴言や人格否定の伴う指導
    「能力がない」「辞めたほうがいい」などの過度な侮辱
  • 研究活動の妨害
    必要な設備やデータへのアクセスを制限し、研究を進めさせない
  • 就職・昇進・学位取得の阻害
    推薦状を出さない、審査を不当に厳しくするなど

1.3 アカデミック・フリーダムとは何か?

学問の場では、研究者が自由に研究テーマを選び、意見を述べ、議論できる権利を「アカデミックフリーダム(学問の自由)」と呼びます。これは、正当な批判や建設的な意見交換を通じて学術を発展させるために欠かせません。
しかし、議論といじめを混同し、「自由な批判」と称して個人攻撃へと逸脱するケースがアカデミック・ハラスメントにつながるのです。

1.4 アカデミック・ハラスメントの根本原因

  • 権力の乱用: 教授や上司が地位を利用して被下位者を不当に扱う
  • 競争の激化: 研究費や成果をめぐる争いが激しくなるほど衝突が生まれやすい
  • 文化的要因: 「下の立場は文句を言えない」という風潮がいじめを助長
  • 学術的自由の誤用: 正当な議論という名目で人格否定を行う

1.5 アカデミック・ハラスメントの実態

研究活動や学位取得を阻まれたり、論文投稿・発表の機会を奪われるなど、学術界での将来を左右する大きなダメージを受ける被害者が多くいます。
また、組織内部に黙認の空気があると、被害者が声を上げにくく、問題が長引いてしまうのも実情です。海外の調査によれば、多くの研究者がハラスメント行為を目撃または経験していると回答しており、深刻な課題として認識されています。

1.6 ハラスメント行動から身を守る方法

  • 信頼できる人を探す: 同僚や先輩、別の研究室などに相談し、孤立を避ける
  • 相談窓口の利用: 学内のハラスメント相談室やカウンセラー、オムブズマンに話をする
  • 証拠を残す: メールやチャットログ、メモなどをまとめ、いざというときに備える
  • 外部機関との連携: 法的助言を得る、NPOや公的機関に相談するなど

これらの行動は、アカハラから自分を守る第一歩となります。組織がすぐに動いてくれない場合、外部の力も積極的に借りることを検討しましょう。

第2章:根本原因とその要因

2.1 社会的学習

社会的学習理論(Social Learning Theory)によれば、個人は周囲の人々を 観察し、模倣することで新しい行動を習得します。アカデミックハラスメントの 場合、上司や教授がいじめ的な行動を行っていると、若手研究者や学生はそれを 「当然のこと」として受け入れ、自らも類似の行動をとるようになるかもしれません。

例えば、指導教員が学生のデータを常習的に奪い取ったり、人格否定を行っている 研究室では、新しく入った大学院生がその行為を見て「これが普通なのだ」と 誤解することがあります。このように、権力を持つ人物によるハラスメント行為が、 学術文化の一部として無自覚に受け継がれてしまうのが大きな問題です。

2.2 アイデンティティの脅威

アイデンティティの脅威とは、自分の地位や価値、専門性が他者によって 脅かされると感じる状況を指します。学術環境では、成果主義や評価制度の競争が 激しいため、自分より優秀だと感じる学生やポスドクを「脅威」と捉え、 敵意を向けるケースが起こりやすいのです。

具体的には、下記のような脅威が挙げられます。

  • 内部からの脅威: 同僚や部下が自分以上の研究成果を出すと不安になる
  • 上からの脅威: 上司や管理者が自分を評価しない、あるいは切り捨てるのではと恐れる
  • 下からの脅威: 部下や学生が自分の権威を脅かす存在だと感じる

こうした脅威に対処するために、指導教員や教授がターゲットをいじめたり、 孤立させたりする行動に走ってしまう場合があります。

2.3 自己調整の障害

過度なストレスやプレッシャーを抱え続けると、人は自己制御能力を失いやすく なります。研究資金の確保や論文掲載など、常に成果を求められる学術界では、 研究者や教員自身が心身の余裕を失い、感情的な行動に及んでしまうことがあります。

例えば、「実験がうまくいかない」「査読で厳しいコメントをもらった」などの ストレスを抱えた指導教員が、無意識に学生や部下にきつく当たるケースも。 それが結果としてハラスメント行為に繋がることは珍しくありません。

2.4 権力のダイナミクス

学術界では、教授や指導教員に強い権力が集中しやすい構造があります。これは、 研究室の運営、研究資金の配分、学位審査など、多くの要素が教授の裁量に かかっているためです。もし組織全体がその権力を制御しきれず、 教授や上司に逆らうとキャリアを断たれるという恐怖が広がっている場合、 ハラスメントが黙認される土壌ができあがってしまいます。

また、組織内部で「教授=絶対的な存在」という考え方が浸透していると、 被害を受けた学生や若手研究者が声を上げにくくなり、結果的に 加害者がやりたい放題になってしまうリスクも高まります。

第3章:教育機関におけるモビング

3.1 モビングの意味と起源

「モビング(mobbing)」とは、本来、鳥や他の動物が捕食者を 集団で追い払う行動を示す言葉です。人間社会では、「特定の個人を組織的に 排除し、罰し、辱めるために集団が仕掛ける攻撃的な行為」をモビングと呼びます。

教育機関で起きるモビングは、上司・同僚・学生など複数の人が結託し、 ターゲットを孤立させたり、業務を妨害するなどの行動を取るのが特徴です。 特にアカデミック・ハラスメントと結びつくと、ターゲットは 研究や学習の継続が困難になるほどのダメージを受けることがあります。

3.2 学術界におけるモビングの特徴

学術界は、一見「知的で公平」な場だと思われがちですが、実際には 上下関係や権力の差がはっきりしており、モビングが起きやすい土壌があります。 特定の学派や派閥、研究分野の対立などが加わると、複数の人が協力してターゲットを 組織から排除しようとする動きが加速するケースがあります。

研究室や学部単位で「この人は問題児だ」という烙印を押されると、 誰もその人をサポートしなくなり、結果的にターゲットは自分の研究や講義を 続けるのが非常に難しくなるのです。

3.3 モビングの兆候と段階

教育機関におけるモビングは、以下のような段階で進行することが多いと言われています。

  • 第一段階(間接的な悪口・噂)
    小さな陰口や嘲笑が始まり、ターゲットはまだ自分が攻撃されていると 気づかないこともあります。
  • 第二段階(直接的な攻撃)
    情報を隠されたり、必要な業務連絡を受け取れなかったりと、ターゲットが 明らかに不利になる状況が作られます。
  • 第三段階(組織全体での排除)
    上司や管理職も加わり、ターゲットを「問題児」とみなす風潮が広がる。 結果として、ターゲットは居場所を失い、退職や退学に追い込まれる。

3.4 モビングの強度

教育機関は外から見れば「知的な場所」と思われがちで、モビングが 表面化しづらい特徴があります。被害者が声を上げても、「学内の問題だから」と 組織内で処理され、外部に知られにくいため、長期化し深刻化することがあるのです。

3.5 モビングの理由と行動

モビングが起こる理由は多岐にわたります。研究資金や論文数をめぐる競争、 教授同士の派閥争い、政治的・宗教的・思想的な対立などが発端となり、 ターゲットを追い出すために集団で圧力をかける形をとることがあります。 また、権威ある教員が「この人は組織に害を及ぼす」と認定すると、 周囲が一斉に同調してしまういわゆる集団思考も要因として考えられます。

3.6 健康への影響

モビングによって引き起こされるストレスは非常に大きく、被害者が 精神的疾患(不安障害、うつ病、PTSDなど)を患う例も多々あります。 長期にわたる嫌がらせや孤立感が蓄積すると、日常生活にも支障が出てくるでしょう。 また、教育機関でのモビングは研究や学習そのものを断念せざるを得ない状況に 追い込むこともあり、学術界全体の発展を阻害する深刻な問題でもあります。

3.7 実際の救済策はあるか?

組織内でモビングが常態化していると、一個人の力だけで解決するのは 極めて難しいのが現実です。ターゲットが声を上げても、周囲が「問題児だ」 と決めつけてしまうと、正当な訴えが無視されがちです。

それでも、以下のような手段を通じて改善の余地を探ることは可能です。

  • 学内外の相談窓口を使う: ハラスメント担当部署やオムブズマン等に相談
  • 上位機関や専門家への報告: 弁護士、公的機関、NPOなど外部の力を借りる
  • メディアの活用: 公開するとリスクはあるが、組織を変えるきっかけにもなりうる

3.8 学術モビングの誤謬

学術モビングでは、多数派の教員や研究者が「この人は悪い」とみなすことで、 いかにも正義の行動のように見えてしまう場合があります。これは 「集団思考の落とし穴」でもあり、仮にターゲットに落ち度があったとしても、 過剰な攻撃となって本人のキャリアや精神状態を壊してしまう結果を招きかねません。

大切なのは、モビングを容認するのではなく、学術コミュニティ全体が 公正な議論や解決策を共有し、誰もが安心して研究活動に取り組める環境を 作り上げることです。

第4章:侮辱的な教育行動に対するターゲットの反応

4.1 対処行動の研究

アカデミック・ハラスメントや職場のいじめに晒されたターゲットが、どのように ストレスに対処するかは多くの研究で取り上げられています。学術的には 「ストレス対処理論」「自己防衛理論」など、さまざまなアプローチがありますが、 いずれもターゲットが置かれた状況や心身の状態によって対応が大きく変わる点を 指摘しています。

一般的に、被害者(ターゲット)は攻撃的な反応非攻撃的な反応のどちらか、あるいは両方を使い分けながら ハラスメント状況に対処しようとします。以下でそれぞれを見ていきましょう。

4.1.1 攻撃的な反応

攻撃的な反応とは、ターゲットが上司や同僚に対して直接的に 反抗や報復を試みる行動を指します。具体的には、次のような例があります。

  • 口頭での反撃:侮辱された場で同じように言い返し、対立を深める
  • 実力行使:研究データを故意に隠す、職務や作業をボイコットするといった形で抵抗
  • 外部への告発:マスコミやSNSを使って組織のハラスメントを告発する

しかし学術環境では、キャリアや学位取得の保証が上司や教員に 強く依存している場合が多く、こうした攻撃的手段を取ると 二次的な報復を受けるリスクが高い点が問題視されています。

4.1.2 非攻撃的な反応

非攻撃的な反応とは、直接的な報復よりも、回避や感情コントロールなどを 中心とした対処行動を指します。以下のような例があります。

  • 回避行動:上司や加害者との接触を避ける、極力やりとりを減らす
  • 取り入れ行動:相手に媚びることで衝突を回避し、被害を減らそうとする
  • 感情の抑制:周囲に悟られないよう、自分のストレスや不満を表に出さない

これらの行動は、報復のリスクを抑えられる反面、問題が根本的に解決されず 状況が長引く原因にもなりやすいという課題があります。学術の場では 「上に逆らうよりは大人しくしたほうが無難」という心理が働きがちです。

4.2 教育現場におけるいじめへの対応

教育現場、とりわけ大学や専門学校では、学生やポスドクが 指導教員や先輩研究者からいじめ・ハラスメントを受けても 「沈黙のコード」により声を上げにくい傾向があります。 報復を恐れたり、評価を下げられる不安から、何も言えなくなるのです。

実際に報告したとしても、 「形だけの調査」で終わることや、加害者側が組織内で権力を握っているため 効果的な対処がなされない場合も珍しくありません。被害者は アカデミック・ハラスメントやいじめの被害を続けて受け、 最終的には退学・退職を余儀なくされるケースも多いのが現実です。

こうした状況を打破するには、学内外の支援システムを整えたり、 被害を公にして組織以外の第三者機関から適切な調査を受けるなど、 さまざまな働きかけが必要になります。

第5章:自己防衛策

5.1 はじめに

アカデミック・ハラスメントの被害を受け続けると、研究や学業を続ける モチベーションが大幅に低下したり、精神的なストレスが蓄積してしまいます。 組織によっては相談窓口を用意しているものの、必ずしも適切に 機能しているとは限りません。そこで、被害者(ターゲット)自身が 自分を守るために取るべき行動を把握しておくことが大切です。

5.2 文書化

まず、ハラスメント行為の記録をとることが最も基本かつ 重要なステップです。
具体的には、以下のような点を詳細にメモやデジタルファイルに残します。

  • 日時・場所(〇月〇日、研究室、オンライン会議等)
  • 誰が、どんな言動をしたか(発言内容、態度、表情など)
  • 一緒にいた証人や、その場にいた人数
  • メール・チャットログがある場合は保管、スクリーンショットの取得

こうした文書化は、後々「いつ・どんな被害を受けたのか」を 正確に説明する助けとなり、組織や外部機関に訴える際の 客観的な証拠として機能します。

5.3 相談と支援の求め方

学術機関の多くには、ハラスメント相談窓口やオムブズマン、カウンセリング室などが 設置されている場合があります。
恐怖心から声を上げられないケースもありますが、まずは 誰かに相談することで、状況が客観化され、 次にどんなステップを踏むかを検討しやすくなります。

  • 信頼できる同僚やメンター:個人的な悩みを共有し、具体的なアドバイスを得る
  • 学内の専門部署:ハラスメント相談窓口や学生相談室など
  • 大学院担当者や学生課:特に大学院生は学位取得に関する相談も含め、対応策を模索

また、公的機関(労働局、地方自治体の人権相談等)に アクセスする方法も存在します。学内だけで解決が難しい場合は、 こうした外部のリソースを積極的に探してみましょう。

5.4 外部の支援機関の利用

もし学内での問題解決が難しければ、法的助言を得られる弁護士事務所や、 アカデミック・ハラスメントを含む職場いじめに詳しいNPO団体などを 介することも検討してください。
法的手段に踏み切るかどうかは慎重な判断が必要ですが、専門家の視点を得ることで 「今の状況にどんな選択肢があるか」を明確にできます。

  • 弁護士:訴訟や調停の可能性、慰謝料請求など
  • NPO・NGO:無料相談やメンタルケアプログラムの紹介
  • 公共機関:地方公共団体の人権擁護委員やハラスメント防止課など

5.5 退学・退職戦略の準備

状況が深刻で、学内や組織内ではどうにも改善されない場合、 退学や退職といった選択を検討せざるを得ないケースがあります。
これは決して逃げではなく、ターゲットの精神的・身体的健康を 最優先するために必要な「最終手段」です。

  • 次の進路として、別の研究室や別の大学院を探す
  • 関連する業種への転職や、企業のR&D部門に移る
  • 奨学金や助成金の移行、ビザの問題等も早めに整理する

あらかじめ退学・退職後のプランBを考えておくことで、 ハラスメント環境に無理して留まるリスクを軽減できます。

5.6 報復への備え

アカデミック・ハラスメントを報告すると、加害者やその周囲からの 二次被害(報復)が起きる恐れがあります。 評価を下げられたり、学位審査を不当に厳しくされるなど、 さまざまな形で反撃が起こりうるため、十分な備えが必要です。

  • 味方を増やす:他の教員や同僚、先輩学生などに事情を共有し連携を図る
  • 連絡手段の確保:メールやチャットで自分の主張を残すなど、透明性を高める
  • 上位機関の活用:学部長や学長など、さらに上のレイヤーへの報告体制を検討

5.7 自己防衛策の効果と限界

これまで紹介した自己防衛策は、ターゲット本人が実行可能な行動として 重要な意味を持ちますが、組織全体が問題に取り組む意志を 示してくれない場合、被害を根本的に解決できないこともあります。
つまり、以下のような限界があるのです。

  • 組織の隠蔽体質:上司や管理者が問題を認めず、内部調査が形だけで終わる
  • 被害者の負担増大:声を上げるほどターゲットに負担がかかり、精神をさらに消耗
  • 権力構造の固定:加害者が組織で高い地位にいる場合、処罰が実行されにくい

しかし、記録を取り、相談窓口を活用し、場合によっては 外部の専門家と連携することで、被害が長期化するリスクを 少しでも抑えることが期待できます。

第6章:教育・研究機関の対策

6.1 はじめに

アカデミック・ハラスメントへの対処は、被害者(ターゲット)自身の行動だけでは 不十分な場合が多々あります。研究室や大学、企業の研究部門など、 教育・研究機関自体がこの問題を真剣に受け止め、仕組みとして ハラスメントを予防・解決できる体制を整えることが不可欠です。

本章では、教育・研究機関がどのように組織としてアカデミック・ハラスメントを 防止し、被害者を支援できるか、代表的な取り組み例を紹介します。

6.2 ハラスメント防止のためのポリシーとプログラム

アカデミック・ハラスメントを未然に防ぐには、組織がはっきりと「何がハラスメント行為か」 を定義し、それを禁止するポリシーを策定することが大前提となります。

  • 行動規範・ガイドラインの作成
    不当な言動や論文オーサーシップの不正操作など、具体的な行為を列挙し、禁止条項を明文化する。
  • 通報・調査プロセスの明文化
    被害を報告する際のフロー、調査の進め方、処罰の基準などを決めておく。
  • 定期的な更新と周知
    ガイドラインが形骸化しないよう、定期的に見直し、教職員や学生に周知徹底する。

6.3 研修と教育

ポリシーを作るだけではなく、教職員や学生が日常的にハラスメント予防の意識を 持つようにするのが重要です。そのためには、以下のような研修・教育プログラムが効果的です。

  • 新任教員研修:大学や研究所に着任した教員向けに、ハラスメント防止の基本をレクチャー
  • 学生オリエンテーション:学部生や大学院生にも「アカデミック・ハラスメントとは何か」を伝え、早期に気づけるリテラシーを養う
  • eラーニング・定期講習:忙しい研究者でも受講できるオンライン教材を用意し、周知と理解を促す

6.4 報告システムの整備

どれだけポリシーや研修を充実させても、実際にハラスメントが発生したとき 被害者が安心して声を上げられる仕組みがなければ効果は限定的です。 報告システムの整備が不可欠と言えます。

  • 匿名通報窓口:メールフォームや電話で匿名で報告できるようにし、身元を特定されないよう配慮
  • 第三者委員会による調査:大学や研究機関の外部からも専門家を招き、公平な審査を行う
  • 調査結果の透明性:報告を受けたら「いつ・誰が・どう調査し、何を決定したか」を公開(プライバシー保護に留意)

6.5 ターゲット支援プログラム

アカデミック・ハラスメントを受けている人が一時的にでも安全で相談しやすい場所を 確保できるプログラムは非常に有効です。以下のような取り組みが考えられます。

  • メンタルヘルスサポート:カウンセラーやメンタルヘルス専門家を配置し、被害者が気軽に話せる場を提供
  • 部署・研究室の移籍支援:当事者が問題のある研究室を離れても研究を続けられる制度(配置転換や共同研究の斡旋など)
  • 法的アドバイス:必要に応じて弁護士を紹介、訴訟や調停を検討する際のサポート

6.6 定期的な評価と改善

最後に、継続的な改善プロセスが大切です。一定期間ごとにハラスメント対策の 実効性を評価し、問題点があれば見直しを行いましょう。具体的には以下のようなステップがあります。

  • アンケート調査:全教職員や学生を対象に、ハラスメントの認知度や被害状況を定期的に確認
  • 対策委員会の報告会:学内・外部の関係者が集まり、実際の事例や改善点を共有
  • アップデートされたガイドラインの周知:最新の法改正や事例を踏まえ、ポリシーや研修内容を更新し、周囲に広報

こうした取り組みを続けることで、教育・研究機関全体が 「アカデミック・ハラスメントを見逃さない」という姿勢を保ちやすくなり、 被害者が声を上げやすくする効果も期待できます。

第7章:声を上げるには?

7.1 何を報告すべきか?(UCUの例示)

アカデミック・ハラスメントの被害者(ターゲット)が実際に「これは不当だ」と 声を上げる際、具体的にどのような行為がハラスメントとして報告されるべきかを 把握しておくことは大切です。
University College Union(UCU)のいじめとハラスメントに挑むガイド によると、ターゲットは以下のような不適切な行為について訴えるべきだとされています。

  • 学生・研究者の専門能力に対する絶え間ない批判
  • 学生・研究者に関する噂や風説を広める
  • 学生・研究者から責任を取り除く
  • いつも同じ学生・研究者に少ない仕事を与える
  • 私的および公的な場で学生・研究者に怒鳴る
  • 脅迫する
  • 他人の前や私的に学生・研究者を選んで攻撃する
  • 会議やブリーフィングなどに学生・研究者を含めない
  • プロフェッショナルな発展の機会を妨げる
  • 進学・昇進を阻む
  • 学生・研究者の意見や見解を無視する
  • 学生・研究者個人を軽視する
  • 個人の貢献を故意に無視する
  • 業務活動から個人を排除する
  • 人々に異なるルールを適用する
  • 過剰な監視
  • 過度で不必要な批判
  • 非現実的な期待を生成する
  • いつも同じ人をジョークの対象にする
  • 過重労働や非現実的な業務割り当てをする
  • 不可能なタスクや締め切りを設定して失敗を仕組む
  • 困難な状況にある学生・研究者を支援しない

これらは代表的な例であり、いずれも「正当な指導や批評」の範囲を越えた 攻撃的な行為として捉えられます。もし日常的にこうした扱いを受けているなら、 アカデミック・ハラスメントを疑う余地があります。

7.2 声を上げられない理由

多くの被害者は「報復が怖い」「評価に影響が出るかもしれない」という不安や、 「どうせ組織は動いてくれない」という諦めから、声を上げられずに苦しんでいます。 特に学術界は上下関係が強く、指導教員や教授がキャリアの生殺与奪を握っている ことが珍しくありません。

  • 報復リスク: 推薦状を出さない、評価を下げる、論文投稿を妨害するなど
  • 孤立感: 周りも黙認しているため、味方がいない
  • 先例がない: 過去に訴えた人が改善されず、むしろ悪化したという噂

こうした状況下では、被害者は自分ひとりで声を上げるのがいっそう難しく、 ハラスメントが長期化・深刻化する傾向にあります。

7.3 いじめとハラスメントの報告方法

それでもなお、ハラスメントを止めるために行動を起こそうとする際は、 以下のような手順が考えられます。

  • 学内の相談窓口へ: ハラスメント相談室やオムブズマン、学生課などを利用
  • 上層部や第三者委員会への報告: 必要に応じて学長や理事、外部専門家を交えた調査を要求
  • 証拠を提示: 日時・場所・言動など文書化やログを示す(5章で述べた自己防衛策参照)
  • 公的機関・法的手段: 組織が動かない場合、弁護士や外部の公的機関に相談

通報や告発は、組織内でも大きな波紋を呼ぶため、慎重に行う必要がありますが、 他に手段がないときは勇気をもって行動することが被害の拡大を防ぐ最善策となることもあります。

いずれにしても、ひとりで抱え込まないことが最重要。 友人・同僚・先輩・家族、そして専門家など、より多くの人々に協力を仰ぐことで、 ハラスメントの実態を明らかにし、組織を動かすきっかけをつかめるはずです。

第8章:誰が声を上げられるか?

8.1 研究者、作家、ジャーナリスト

アカデミック・ハラスメントの現状を社会に訴えるためには、研究者や作家、 ジャーナリストといった専門的知見を持つ人々の力が欠かせません。彼らが 具体的な事例を公表したり、論文や記事で問題を指摘することで、 一般の人や他の研究者の認識が高まり、改善の機運が生まれやすくなります。

同時に、こうした方々は情報発信の際にターゲットのプライバシーや セカンドハラスメントに注意を払い、被害者をさらに追い込まない 形で社会に提起することが求められます。

8.2 ターゲット

当然ながら、実際にアカデミック・ハラスメントの被害を受けている ターゲット本人が声を上げることは、問題解決に向けた 重要な一歩です。しかし先に述べたように、報復や周囲の黙認といった障壁が 存在するため、覚悟が必要になるケースも少なくありません。
それでも、ターゲット自身が 「いつ・どのような嫌がらせを受けたのか」という具体的情報を 証拠とともに提示できる点は、声を上げる最も大きな武器になり得ます。

8.3 教育機関

大学や研究所などの教育機関自体が、自浄作用を働かせて声を上げる場合もあります。 たとえば、学部や研究科が独自に調査委員会を立ち上げ、ハラスメントを防止・是正 するための施策を公開するなどです。
組織が内部から声を上げることにより、被害者を守るだけでなく、 学内のモラルや信用を維持するというメリットもあります。

8.4 第三者機関としての卓越センターの設立

アカデミック・ハラスメント問題に関して、外部から客観的に監視・調査ができる 第三者機関の存在は非常に重要です。これを「卓越センター」として 設立すれば、以下のような効果が期待されます。

  • 標準的なアカハラ定義と指針を提供し、個別の事例を検証しやすくする
  • 学内調査では解決しきれないケースを、公平な立場から再調査・審査できる
  • 対策マニュアルや研修プログラムを開発し、広く教育機関に共有する

8.5 資金提供機関

研究者や教育機関に資金を提供する機関(たとえば科学技術振興機構や ウェルカム・トラストなど)が、助成金を交付する条件として ハラスメント防止や報告制度の整備を明確に求めるようになれば、 大学や研究所は無視できなくなります。
資金提供機関が強い影響力を持つため、これが実行されれば アカデミック・ハラスメントの抑止力を高められるでしょう。

8.6 グローバル委員会

アカデミック・ハラスメントは世界的に問題となっていますが、 国や文化によって捉え方や制度が異なるのが実情です。
国際的な専門家が集まり、グローバルな視点で問題を捉える 「国際ハラスメント対策委員会」のような枠組みがあれば、 各国の事例を共有し、有効な対策を標準化できる可能性があります。

8.7 デジタル識別機関

近年、研究者に割り当てられるIDシステム(たとえばORCIDなど)が普及しています。 将来的に、このようなデジタル識別機関が 「ハラスメント歴を参照する仕組み」を導入する構想が議論されています。
ただし、プライバシーや名誉毀損の問題も絡むため、慎重な検討が必要です。

8.8 心理学協会

アカデミック・ハラスメントの被害者は、精神的なダメージ(不安障害、うつ、 PTSDなど)を抱えやすいため、心理的サポートの充実が求められます。
心理学協会がこの領域で積極的な研究・啓発活動を行い、 カウンセリングなどの専門サービスを広めていくことが 被害の軽減や早期発見に寄与するでしょう。

8.9 立法者

アカデミック・ハラスメントを特別なカテゴリとして 法律で規定し、処罰や救済措置を明記する国もあります。
立法者が研究者コミュニティの声を聴き、実効力ある法律を整備することで 大学や研究所が取り組みを強化せざるを得ない環境を作ることが可能です。

8.10 政策立案者とランキング機関

大学ランキングを発表する組織や政策立案者が「ハラスメント対策」を 評価基準に加えれば、教育機関が改善を怠るわけにはいかなくなります。
具体的には「教員によるハラスメント報告件数の多さ」とその処理率などを 指標にして順位をつければ、各大学はイメージダウンを避けるために 取り組みを強化するインセンティブが働きます。

このように、声を上げられる主体は一人ひとりの研究者や学生だけに限りません。 さまざまな機関や立場からアクションを起こすことで、 アカデミック・ハラスメントという構造的な問題を解決に導く 大きなチャンスが生まれるのです。

相談をお考えの方へ

アカデミック・ハラスメントの被害を受け、悩んでいらっしゃる方は、決してひとりで抱え込まないでください。たとえ状況が複雑であっても、周囲に相談し、専門家の力を借りることで問題が改善する可能性があります。