以下では、看護学生が直面するアカデミック・ハラスメントの特徴や影響、さらに対策案をまとめています。文章中の引用は、本文末尾の文献リストを参照してください。
1. 背景
看護学生は、学業および臨床実習という二重の高負荷環境に置かれているため、他の学生よりもストレスや精神的負担が大きいといわれています(Aradilla-Herrero, 2014)。一方で、看護現場や大学内でのアカデミック・ハラスメントやいじめが深刻化している事実が報告されています(Smith, 2016)。
- 高い専門性を求められる看護教育
多大な学習量・実習負荷に加え、患者の生死に直結する臨床現場での技術・対応が求められる(Findlow, 2012)。 - 上下関係が強調されやすい風土
看護教育の歴史的な背景から、指導者(教員・臨床スタッフ)による厳格な指導が常態化しやすい(New York Times, 1909)。
こうした要因により、看護学生がいじめやハラスメントを受けても声を上げづらい構造が生まれています(Clarke, 2012)。
2. 看護学生が直面するアカデミック・ハラスメントの現状
- 高リスクなハラスメント発生率
- 88.7%(カナダ)、50%(オーストラリア)、35%(イギリス)の看護学生が、学内もしくは実習先でアカデミック・ハラスメントを経験したと報告(Clarke, 2012; Fernández-Gutiérrez & Mosteiro-Díaz, 2021)。
- 全体としては30~40%の発生率が見られ、うち13%が身体的暴力、73%が言葉による暴力、40%が人格否定、5%が性的嫌がらせとの報告もあります(Cooper, 2011)。
- 主な加害者
- 約60%が教員・臨床先の指導者(看護師国家資格を持つ看護師や講師など)からのハラスメント(Birks, 2017; Alberts, 2022)。
3. 看護学生が受けるアカデミック・ハラスメントの特徴
- 教員や臨床先のスタッフからの過剰な叱責・人格否定
「看護師に向いていない」「学ぶ気がないならやめろ」などの暴言(Cooper, 2011)。 - 不当な評価
学生の貢献や取り組みを軽視し、過剰に低評価するケースが見られる(Smith, 2016)。 - 研究やレポート課題への妨害
必要な資料やデータを与えない、過度に締め切りを短く設定するなど(Mahmoudi, 2021, 2022)。 - 実習先での排除・孤立化
他のスタッフに比べて業務説明が不足し、質問しても無視される(Fernández-Gutiérrez & Mosteiro-Díaz, 2021)。
上記のような行為はしばしば「指導の一環」「厳しい環境に慣れさせるため」などと正当化されますが、学生の学習や成長を阻害し、精神面に重大な影響を与える行為です(Alberts, 2022)。
4. 背景にある要因
- 教育現場や臨床現場での上下関係の強さと、看護学生の「低い地位」が、ハラスメントを黙認する土壌をつくっている(New York Times, 1909; Sidhu & Park, 2018)。
- 臨床実習時、看護師や教員も業務負担が高く、ストレスが大きいため、学生に対するサポートよりも厳しい言動が先行しがち(Alberts, 2022)。
5. 看護学生への影響
- 精神的健康の悪化
- 看護学生のうち22%がうつや不安障害などのリスクを抱えるとされ、さらに6.5%が自殺念慮を経験(Aradilla-Herrero et al., 2014)。
- ハラスメントが加わると症状が深刻化し、学業継続が困難になるケースが多い(Groves, 2023)。
- 学業成績の低下や退学
- 厳しい言動や理不尽な評価によりモチベーションを失い、中途退学や成績不振に陥る学生も少なくない(Arria et al., 2013)。
- 30~40%が継続的な嫌がらせを受けると、将来的に看護師への道を諦めるリスクが高まる(Budden, 2017)。
- 患者ケアの質への影響
- 長期的なストレスや睡眠不足などから、集中力・判断力が低下し、臨床現場での誤薬・事故リスクが高まるとの報告もある(Smith, 2016)。
- 組織全体での離職率が高まり、看護師不足や医療現場の質低下につながる危険性が指摘されている(Mahmoudi & Keashly, 2021)。
6. 防止と対応策
- ハラスメント対策ポリシーと報告制度の整備
- 看護学部・大学全体で、何がハラスメントに該当するのか明確化したルールを策定する。
- 匿名通報や外部機関へ相談できる体制を整え、報告する学生が報復を受けないよう保護する(Alberts, 2022; Mahmoudi, 2022)。
- メンタルヘルスのサポートと早期発見
- 学業や実習で忙しい看護学生のために、定期的な精神状態のチェックやカウンセリング機会を設ける(Kotera, 2019)。
- うつ病や自殺念慮などのリスクを早期に把握し、専門医やカウンセラーと連携してケアを提供(Aradilla-Herrero, 2014)。
- 教員・臨床スタッフへの教育と研修
- 指導者自身が「どの行為がアカデミック・ハラスメントに該当するか」を学ぶ研修を定期的に実施(Cooper, 2011)。
- 学生を強く叱責する前に、適切なコミュニケーションやサポート手段を熟知することで、「厳しい指導」と「不当なハラスメント」の線引きを徹底する(Mahmoudi, 2022)。
- 第三者機関の設置と国際的枠組み
- 海外では独立したオムブズマンや審査委員会を置き、大学だけでなく公的機関が調査・改善を行う事例がある(Office of the Independent Adjudicator, OIAなど)。
- 国際水準で法律や制度を整備し、国や地域ごとの格差を是正し、看護学生をより強力に保護する必要がある(Mahmoudi & Keashly, 2021)。
結論
看護学生に対するアカデミック・ハラスメントは、全体の30~40%が経験する深刻な問題であり、最大で88.7%に及ぶとの報告も存在します。この問題を放置すれば、学生の精神的・身体的健康を損ない、退学率の上昇や看護師不足、医療現場の質低下といった深刻な影響が続く恐れがあります。
研究や実習における安全な環境づくりには、明確なルール整備と相談窓口の充実が必須です。また、教員や臨床スタッフが自らの言動を見直す「教育プログラム」や「第三者機関」の設置も有効と考えられます。
学生が“健康的に”学び成長するためには、大学・研究機関・行政・国際機関などが協力し、ハラスメントを決して許容しない文化をつくることが求められています(Mahmoudi, 2019)。
引用文献
- Aradilla-Herrero, A., et al. (2014). Associations between emotional intelligence, depression and suicide risk in nursing students. Nurse education today, 34(4), 520-525.
- Arria, A. M., et al. (2013). Discontinuous college enrollment: Associations with substance use and mental health. Psychiatric Services, 64(2), 165-172.
- Alberts, H. L. (2022). Addressing bullying and incivility in clinical nursing education. Teaching and Learning in Nursing, 17(4), 433-437.
- Birks, M., et al. (2017). Uncovering degrees of workplace bullying: A comparison of baccalaureate nursing students’ experiences during clinical placement in Australia and the UK. Nurse Educ Pract, 25, 14-21.
- Budden, L. M., et al. (2017). Australian nursing students’ experience of bullying and/or harassment during clinical placement. Collegian, 24(2), 125-133.
- Clarke, C. M., et al. (2012). Bullying in undergraduate clinical nursing education. Journal of Nursing education, 51(5), 269-276.
- Cooper, J. R., et al. (2011). Students’ perceptions of bullying behaviours by nursing faculty. Issues in Educational Research, 21(1), 1-21.
- Fernández-Gutiérrez, L., & Mosteiro-Díaz, M. P. (2021). Bullying in nursing students: A integrative literature review. Int J Ment Health Nurs, 30(4), 821-833.
- Findlow, S. (2012). Higher education change and professional-academic identity in newly ‘academic’disciplines: the case of nurse education. Higher Education, 63, 117-133.
- Kotera, Y., et al. (2019). Mental health of UK university business students: Relationship with shame, motivation and self-compassion. Journal of Education for Business, 94(1), 11-20.
- Mahmoudi, M. (2019). Academic bullies leave no trace. BioImpacts: BI, 9(3), 129.
- Mahmoudi, M. (2022). The potential role of an Ombuds Office in addressing academic bullying concerns. Wiley Online Library.
- Mahmoudi, M., & Keashly, L. (2021). Filling the space: a framework for coordinated global actions to diminish academic bullying. Angewandte Chemie, 133(7), 3378-3384.
- Sidhu, S., & Park, T. (2018). Nursing curriculum and bullying: An integrative literature review. Nurse education today, 65, 169-176.
- Smith, C. R., et al. (2016). Seeing Students Squirm: Nursing Students’ Experiences of Bullying Behaviors During Clinical Rotations. Journal of Nursing Education, 55(9), 505-513.
(そのほか、本文中で言及した資料は、対応する著者・年の参考文献を参照してください)